ベッシーの今日も明日も現実逃避
流行の最先端を行く普通の人間です。いや、紳士です。管理人が可哀想なくらいダメなやつですがそこそこがんばっています。よろしくお願いします。
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Author:ベッシー
ベッシーの今日も明日も現実逃避へようこそ。頑張ってます。
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最近の口癖(書き癖)は「まぁ」と「とりあえず」と「関係ないですけど」。
赤石の記事はもう書かないと思いますが、過去記事を消すのはなんとなく嫌なのでこれは残しておきます。


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全ては自分自身のために
とりあえず学校通えたよ記念。基本的にはだいぶ楽になったけれど、やっぱりまだ何かあってはいけない感情が。あー、まじ殺戮してぇ。支配したい。制圧したい。服従させたい。よし、ランスでも・・・。


ベッシーの赤石タイム始まるよ!


昨日は連日の徹夜作業の結果全く眠れず、「とりあえず横になって目をつぶる」作戦だといやなことしか考えられないので、ノリで自己紹介に時間をかけたものの、収まりがつかなくなったので仕方なく電波ソング聞いて寝ました。

ふと目が覚め傍らに置いてあった目覚まし時計を見ると金曜日の昼前でした。慌てて飛び起きるもこの時間だともう焦ることはない。5時間目の講義に間に合うように家を出ればいいだけの話だ。問題はそちらでは無く、5日近く寝ていたことだろう。本来ならば月曜日でなければいけないというのに・・・。という夢を見ました。こえーよ、目が覚める夢。何度か見ます。いつも遅刻しています。でもちゃんと起きるととても余裕があるんです。

そんな朝を迎えたため、なんとなく早く起きてしまう。まぁ、早いと言っても10時過ぎてるんですけどね。その後の流れはいつも通りなので、精々夏の暑さだけ滅べと思ったくらいですね。日光に当たると溶けるんですよ。


そうなってしまうと話すことが無くなるので、今思いついた話します。

「世界は滅ぶべきか存続すべきか」

まず前提として、語るのは人間であること。万物は有限であること。架空の現象は発生しないこととする。更にここで言う「世界」は「地球」と言うよりも「人間界」の意味で受け取るものとする。では、始めよう。

第一にこの世界は腐敗している。数多なる汚染や破壊の数々、到底許される範囲ではない。世界がこの二つの派閥に分かれるならば、私は滅亡すべきと答えるだろう。しかも単純に「人間死ね」と思っているわけではない。

そもそも生きる意味が理由と逆転しているのが間違っている。物が生まれるというのはその「物」を取り巻く新たな関係が造られるのであって、その「物」が自分勝手な行動を取ることを良しとしない。それが今はどうだろう。人間は「自らが生活しやすい環境を作るために生きている」のだ。これでは意味を為さない。

例えば植物。光合成によって酸素を生み出すのは植物の生きている摂理、つまり理由であり、自らの生命活動という意味である。それは決して「他生物のために空気中に適した量の酸素濃度を保たせている」わけではないのだ。

そうなると人間には生きる意味がない。「一生物」という括りならまだ「道具を使う少し知能の優れた動物」で済んだものを、ただただ自然環境、強いてはせっかく作り上げた文明の破壊行動をする異端者でしかない。

っていうかもういいじゃんしんでくれよ。おれだってしにたい。ただ、「お前だけ死ねばいい」のとは違う。カスとクズとゴミだらけの世界でおれが死んで、お前らに上辺だけ弔われるのが死んでも死にきれない。

人間の抱える問題のいかに小さいことか。効率や不確定要素を取り除かれた人工知能に出し抜かれるのも近い未来じゃないでしょうかね。とりあえずカーナビとかで間引きしようか。あとは天気予報と介護^^


ぱーとつー。「支配欲」
本来なら公にすることではないのだろうが、その人のプライバシーという問題よりも真理を突き止めたい。この探求心のために、申し訳ないが語らせてもらう。どうやら、おれの思想は真理ではなく理想に過ぎなかったから。

自分の相方の行きすぎた行動を強制的に規制する。この行為についてどう考えるだろうか。簡単な例を上げると「お前はおれの彼女なんだから他の男と仲良くするな」とか「ワレェ、ヒトのタレになにさらしとんねん!」といったものである。この二つには決定的な違いがあるのだが、分かるだろうか。結構重要である。

それは前者が「自分の彼女」に対するものであって後者が「関係の有る第三者」に対するものだということだ。後者はちょっとわざとらしいが、現実にはあまり関わらないだろう。それにもちゃんと理由がある。


まずは前者だが、これは理解できると思う。そしてその理不尽さに気付くべきだ。浮気だなんだと騒がしいご時世。自分の彼女を取られたくないからとはいえ、この行動はおかしい。先も述べたように理不尽なのだ。

自分と相手は他人である以上、相手には相手のプライベートが存在する。そこには他の誰も干渉してはいけないはずだ。常に人の監視下に置かれて生活をするのは刑務所暮らしと大差ない。むしろ刑務所の方が優しいくらいだ。

ただ、理解ができないわけではない。自分に自信がないためにつなぎとめておく鎖が必要なのだろう。無論、自ら手綱を握らせる場合もあるかもしれないが、そう言う人は「他の男と」なにも起きないだろう。起きたとしたら・・・これは後者の話に取っておこう。亭主関白的ではあるが、残念なことに二人の関係はまだ口約束でしかない。書類によって法律で守られる絆ではないのだ。つまり「証拠がない」のだ。

状況証拠と物的証拠と言う言葉があるのだが、刑事ものが好きな方は分かるだろう。この場合後者でないと正しい証拠にならない。いくら「付き合っている」と二人で言っていてもそれこそ口裏合わせのアリバイ工作でしかない。

そのように脆い関係で鎖を必要としたくなるのは、仕方がないだろう。ただ、問題はそこでの鞭の振り方である。この場合に対する契約違反の罰は相方に降りかかるのだ。私はこれが理不尽だと突き詰めた。

場合にも寄るがちょっかいを出すのは基本第三者に位置する者だろう。そうなると悪いのはその第三者であって相方ではない。100%ではないことは確かだが、割合は第三者の方が大きくなくてはいけない。

しかし、その100%の罰を相方に与えるのが『お前はおれの彼女なんだから他の男と仲良くするな』なのである。この状況がおかしいと思うのが私一人で無いことを祈るばかりである。被害者も少なくはないだろう。


さて、そうなると後者はこの逆である。罰の全てを第三者に与えるのだ。これが本来起きにくい理由と言うのは、単純に遭遇率にある。自分と第三者には相方と言うパイプでしか存在の把握ができない。パイプがなければ知ることすらないような存在なのだ。この存在を個人の力で特定させるのはいささか難しい。情報社会を逆手に取るしかない。

偶然にもその相手と接触する機会があったり、例のように生業のようにあぶりだしたりする。一般的にはパイプにその意思がなければ成り立つことはない。なぜならそういう関係自体がその意思を消しているからである。

これではこのような行動を起こせることは少ない。だが、尻尾をつかむことはできてしまう。そうすると結果的に前者のようなことに落ち付いてしまうのだ。だから後者は珍しいのだが・・・やっぱり腑に落ちない。


これを踏まえた上で、個人的に意見がほしいです。反対意見でも賛成意見でも。誰でも。まぁなにが言いたいかと言うとやっぱりこの世界は、人生は、単純ではないということと、不要物であふれているということだ。

明日はだるい火曜日。曇れマジ曇れ。今日も電波ソング垂れ流しで脳内とろかせながら感覚を麻痺らせて眠りに付く仕事が始まるお・・・。明日はもう一つの挑戦をしてきます。ぜひご協力ください。今日はこの辺で。
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